‘自殺しないでください’ カテゴリーのアーカイブ

もし私が自死するとしたら

2009 年 1 月 31 日 土曜日

私はどうなったら自死を選ぶだろうか?

1.自分が社会的に無意味な存在になったと思ったら

2.自分が家族や友人知人コミュニティの中で無意味な存在になったと判断したら

3.自分の意思とは反したことしかできなくなったら

4.人に迷惑しかかけられなくなったら

5.頼るより死んでくれと周囲のすべての人に願われ始めたら

6.一切の希望を思い描けなくなったら

7.一歩引いて自分の心の中を見つめられなくなったら

たぶん、この7つすべてが満たされたとしたら自分から死んで行くでしょう。

反省の日々

2009 年 1 月 13 日 火曜日

 この10年、日本は毎年約3万人の自殺者を出している。しかし、今年はより暗い年になるかもしれない。3万人と言うと3という数字の小ささにあまり実感がわかないが、私の小学校が当時650人くらいだったから、そのイメージで計ると約50の小学校の生徒数だけ人が自ら命を絶っていくということになる。もちろん自殺者全員が小学生ではないので、小学校の数で計るのもややエキセントリックではあるのだが、想像を絶する数であることは間違いない。

 誰もが、周囲の人に自殺なんてして欲しくはないけれど、自殺をしたくなる気持ちを救ってあげられる心の余裕がない。たぶん、ただ一時、その代わり親身に話を聞いてあげるだけで随分違うだろうに。

 仕事帰りなどふと今日のコミュニケーションを振り返り、ああ今日も全くコミュニケーションを取れなかった、と反省することが多い。結果や状況の確認、判断の正否に終始して、気持ちを交わしあうことができなかったな、と思う日が多い。感情をぶつけてくる部下を遠巻きにする日も多い。毎日毎日が反省の日々。

墓参りで

2008 年 6 月 1 日 日曜日

 昨日は上司の1周忌でお墓参り。先週の土曜日も自殺した友人の墓参りに行ってきたので2週連続。

 友人のほうの墓参りは仕事帰りにちょっと寄った。会社のすぐそばというのは便利なようでなかなか難しい。
 少し遅い時期にお参りをした昨年は、墓前で彼の叔母さんだという人にお会いして、年末に彼のご両親から20年ぶりにお便りをいただいた。彼はかなり年の離れた末っ子だったので、ご両親ともにご存命だったことに僕は驚いたけれど、あちらも、僕が未だに墓参していたことに驚いたことだろう。
 とは言え、今回は、もうそろそろ潮時かなという気がしなくはなかった。正直に言ってお墓に報告することがない。こちらも中年。「結婚したよ」「子供が生まれた」なんて挨拶はとうの昔に終え、今じゃあ「俺も頭薄くなってきた」「仕事が大変でねー」。こんなことを報告されても、当時の僕の記憶からどんな顔になり想像し何の仕事をしているか予想するのは難しいだろう。もちろんすべてお見通しなのかもしれないが。

 彼がいたので僕は「自殺」がもたらすものを意識するし、残された家族のことも気になる。誰にも、どんな理由にせよ自ら死んでは欲しくない。ましてや若い子の自殺、無理心中で道連れにされる幼児の多発には心がとても痛い。僕にでもできることがあるならば何かしたいと思っている。

自ら死んだ友のこと

2008 年 5 月 23 日 金曜日

 高校の時、小中学校時代の友人が死んだ。小学校時代は本当にしょっちゅう遊んだ友達だった。そしてそいつは死んじゃぁいけない奴だった。そのうちに書くつもりだけど。

 因果なことに彼の墓は私の職場から歩いて5分くらいのところにある。もう20年も前のことだから、悲しみや追悼の気持ちが伴っているのか自分でもわからないけど、近けりゃぁやっぱり行ってやらないと呼ばれる気がする。そんなわけで本当にたまに行ってやる。今年ももうそろそろ命日の候。

自殺について時々書きたい

2008 年 5 月 22 日 木曜日

 ニュースで自殺者を報じない日がない。年に3万人が自殺しているのだからそれも当然なのだけれど。3万人という数字は20分に1人の日本人が自殺している、ということなんだね。ということは、自殺企図者がその何倍いるか知らないけど、たぶん5分に1人くらいは自殺を企図しあるいは直前で逡巡しているのでしょう。

 私も小学校の頃、同級生に結構いじめられて、死にたいと泣いたことが何度もあったから、そういうレベルだったら、もう想像できないくらい無数の人が自分を殺すことを考えているのだと思う。中年になってきた今、ある程度十分に生きた人が、自分の人生経験から入念に考えた上で死を選択することは止めようとは思わない。しかし、まだ幼い、小さい、若い人たちが誤って自殺を選ぶことはなんとか留まって欲しいと思う。この世に生を享けたことは奇跡なのだから、その奇跡をもう少し大事にしてもらいたいと思う。

 それから、自殺したい大人はしてもいいが(本当は考え直すべきとは思ってるけど)、自分の判断基準で子供を巻き添えにするな。子供は宝だよ。

急いで死なないでほしい

2008 年 4 月 30 日 水曜日

 また新しい自殺の仕方が流行ってきた。新しい流行がこういうことで起こるのは何とも悲しい。しばらく前に読んだ本には、自殺未遂に終わった人が死とぎりぎり境の所で思うことに「死にたくない」ということが非常に多いのだと書いてあった。どの程度「普遍的」なのかはわからないけれども、著者は死から生還した人にインタビューをしてそう書いているからある程度はそうだろう。そうあって欲しい。僕も小中学生の時には何度か死にたいと思ったことがある。死ななくてよかったとか、なんであの程度のことで、と今振り返るのは少しずるいと思うけれど、死に急ぐ道が正しいと言う気もない。僕は今40を手前にして、死ぬことが怖くてしかたない。あの当時、死にたいと何度かつぶやいたけれど、生きることが怖くてしかたなかったかどうか。たぶんそこまで頭が回らなかったのだろう。