JR福知山線事故現場を通る

2008 年 6 月 19 日

 先日出張で伊丹に行った折、JR福知山線に乗る機会があった。あの列車脱線事故で大勢が亡くなった現場を行き帰り往復して、ああここで事故があったんだなぁ、と思ったが、正直に言って実感はわかなかった。むしろ、列車の衝突したマンションがまだ建ったまま残されていて、事故の痕跡はもちろんあるものの、マンションは私が想像していたほどひどい痕跡は残っていないなぁ、と思ったのだ。

 しかし、家に戻ってくる途中で、たぶん僕自身が意識しないうちに自己防御本能が働いて、意識を逸らしたんだろうな、という気がしてきた。

子供のストレス

2008 年 6 月 8 日

 最近お兄ちゃんが、学校に行く前に何度もトイレに行く。夜寝る前に全部の部屋の鍵を確認する。それを神経質だなぁーと見てきたけれど、こういう行動は確認行為と言って、ストレスが生じて心の病などを持つ人などには典型的に出る症状だということを、昨日知りました。もちろん、こういう行動以外ではそれほど目立ったことはないので、心の病というレベルではないと思うけれど。お前もいろいろとストレスを感じているんだね。

いったい褒めるべきなのか

2008 年 6 月 2 日

 昨日はお兄ちゃんの運動会。見に行ってやると40m走1着。1位か2位になる自信はあるって言ってたもんね。でも、体育の時間にやった出場順を決めるタイム測定で手を抜くなんて、俺は教えなかったぞ! そういう小賢しい知恵をどこで身につけてきたんだ???

墓参りで

2008 年 6 月 1 日

 昨日は上司の1周忌でお墓参り。先週の土曜日も自殺した友人の墓参りに行ってきたので2週連続。

 友人のほうの墓参りは仕事帰りにちょっと寄った。会社のすぐそばというのは便利なようでなかなか難しい。
 少し遅い時期にお参りをした昨年は、墓前で彼の叔母さんだという人にお会いして、年末に彼のご両親から20年ぶりにお便りをいただいた。彼はかなり年の離れた末っ子だったので、ご両親ともにご存命だったことに僕は驚いたけれど、あちらも、僕が未だに墓参していたことに驚いたことだろう。
 とは言え、今回は、もうそろそろ潮時かなという気がしなくはなかった。正直に言ってお墓に報告することがない。こちらも中年。「結婚したよ」「子供が生まれた」なんて挨拶はとうの昔に終え、今じゃあ「俺も頭薄くなってきた」「仕事が大変でねー」。こんなことを報告されても、当時の僕の記憶からどんな顔になり想像し何の仕事をしているか予想するのは難しいだろう。もちろんすべてお見通しなのかもしれないが。

 彼がいたので僕は「自殺」がもたらすものを意識するし、残された家族のことも気になる。誰にも、どんな理由にせよ自ら死んでは欲しくない。ましてや若い子の自殺、無理心中で道連れにされる幼児の多発には心がとても痛い。僕にでもできることがあるならば何かしたいと思っている。

グランセニック12カ月点検

2008 年 5 月 29 日

 グランセニックを12カ月点検に出してきた。走行距離たったの3000km。案の定、メカさんに「走行距離がとても少ないです」と言われてしまった。1年間慣らし運転してたようなもんだからねぇ。この間、ドアミラーの格納が調子が悪いことがあったけれど、それ以外は1年間の、あるいは乗らなさすぎの影響はなかった。最近約1000キロの燃費は9.3km/lでした。ガソリンが高くなって省エネ走行に気をつけているからまあまあかな。

 

暴論承知で、高齢者の選挙権は失効させよ

2008 年 5 月 28 日

 後期高齢者医療保険制度は即刻廃止すべきとか、高齢者の切り捨てとか言われるが、該当する人が身近にはいないのでよくわからない。親父があと数年でその齢になるので、その時には本当に切り捨てられた心境になるのか聞いてみよう。

 年金からの天引きだとか、75歳になるまで受けられてきた自治体の特例がなくなると負担が重くなるとか、いろいろと問題は多いようだが、敢えて今の雰囲気に反して言う。今の子供たちはどうなってもいいのか? 

 高齢者が日本を引っ張ってここまでの地位に押し上げてきてくれたことは間違いない。しかし、その分良い思いもたくさんしてきた人達だ。たいていの人は持ち家で、バブルなんかの楽しい(?)思い出もあり、年金だって払った保険料の2,3倍はもらっていく。それなのにどうだ。僕らの世代は(まだバブルは知っているけれど)、年金は払ったより少なくしかもらえないし、もしかしたら受給の頃には破綻しているかもしれない。持ち家なんてとっくの昔にあきらめた。さらに言えば、僕らの子供の世代なんか、バブルはおろか、グローバル競争の真っただ中に放り出されて、安定した生活も、最低限のライフラインも望むべくもない。

 気の毒な人が出ることは確かだが、高齢者にこびるのはもうやめにしてほしい。僕は(例えば80歳以上の)高齢者の選挙権は返上いただくべきだと思う。彼らがこれから生まれてくる子供たちのことを考えて行動するとは思えないし、今いる子どもたちも20歳までは何の意思表示もできない。日本は、頭でっかちの高齢層のおかげでますますどうしようもなくなっているから、一定の年齢以上の選挙権は失効させて、少なくとも18歳以上の若者に選挙権を付与すべきと思う。

 親父は賛意を示してくれたのだが、いちおう。 

被災地への義捐金

2008 年 5 月 25 日

 会社でミャンマーと中国の被災者に対する義捐金を募っているらしい。らしい、というのは他の部屋ではそういう案内も個々に回ったらしいけれど、うちの部屋では誰も音頭を取らないから回らず、他の部屋の人に聞いて知ったからだ。

 しかし、僕自身はどうも義捐金を出す気にならない。適切に使ってもらえるのかというところで両国政府を信用していない。援助が十分に行き渡らず避難中に死亡したり後遺障害を抱えたりする人が増えたら、これは一体だれの責任になるのだろう。僕は良心の呵責を感じるだろうか。被災者が目の前にいたら自分で動くこともためらわないと思う。しかし今回の出来事は、やはり遠くの出来事でしかないのか。

自ら死んだ友のこと

2008 年 5 月 23 日

 高校の時、小中学校時代の友人が死んだ。小学校時代は本当にしょっちゅう遊んだ友達だった。そしてそいつは死んじゃぁいけない奴だった。そのうちに書くつもりだけど。

 因果なことに彼の墓は私の職場から歩いて5分くらいのところにある。もう20年も前のことだから、悲しみや追悼の気持ちが伴っているのか自分でもわからないけど、近けりゃぁやっぱり行ってやらないと呼ばれる気がする。そんなわけで本当にたまに行ってやる。今年ももうそろそろ命日の候。

自殺について時々書きたい

2008 年 5 月 22 日

 ニュースで自殺者を報じない日がない。年に3万人が自殺しているのだからそれも当然なのだけれど。3万人という数字は20分に1人の日本人が自殺している、ということなんだね。ということは、自殺企図者がその何倍いるか知らないけど、たぶん5分に1人くらいは自殺を企図しあるいは直前で逡巡しているのでしょう。

 私も小学校の頃、同級生に結構いじめられて、死にたいと泣いたことが何度もあったから、そういうレベルだったら、もう想像できないくらい無数の人が自分を殺すことを考えているのだと思う。中年になってきた今、ある程度十分に生きた人が、自分の人生経験から入念に考えた上で死を選択することは止めようとは思わない。しかし、まだ幼い、小さい、若い人たちが誤って自殺を選ぶことはなんとか留まって欲しいと思う。この世に生を享けたことは奇跡なのだから、その奇跡をもう少し大事にしてもらいたいと思う。

 それから、自殺したい大人はしてもいいが(本当は考え直すべきとは思ってるけど)、自分の判断基準で子供を巻き添えにするな。子供は宝だよ。

私はもっと高等教育にお金をかけるべきだと思いますが

2008 年 5 月 20 日

 財務省が大臣諮問の会議で授業料を私立大学並みにすれば最大で5200億円の国立大学予算を捻出できると発表したそうだ。捻出した資金で高度な研究、人材育成、奨学金の拡充をすべし。義務教育ではないのだから税金で補てんするのに慎重であるべき、というのだが馬鹿な話だ。キツネやタヌキの住むところに道路を通すわけでも、たった5分の迂回を短縮するためにトンネルや橋を造るわけでもない。若い世代は次代を担う大切な宝だ。そういう人たちに十分な教育機会と教育を与えることは国家、国民の義務であって、「義務教育ではない」はおかしい。先日、丹羽宇一郎さんも「道路特定財源に59兆円もつぎ込むくらいなら、大学院教育にもっと金を掛けろ、と言っていたが」

 こういう作文をした官僚自身が東大法学部に入って官僚になったグループなのに。ああ、そうか。この程度の国家100年の大系しか作れない官僚を育てる大学なら、国民には無意味だから、税金をつぎ込むな、そういうことかな?